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●E-Printはパーソナルユース向き
少し前のことだが近くのスーパーのチラシにある懸賞があった。その懸賞はクリスマスを題材にした絵本だった。ただ普通の絵本と違うところは、子供の名前を刷り込んで、子供を主人公にすることができるということである。子供の名前だけでなく、子供の友達の名前までその物語に登場させることができるという。
幸いなるかな、私の家で応募した懸賞にはふたりの娘に当り、我家に娘が主人公の絵本が揃うことになった。子供の名前が印刷されているので、子供が大きくなっても記念として残ることになるだろう。
絵本のイラストの部分はオフセットで両面カラー印刷してあるが、文章はどのような方法かは分からないが、両面墨一色で印刷したものを主人公の名前を差し替えて印刷し、製本時に一冊ずつ丁合をとって製本したようだ。
この絵本をみていると、こういうものこそがE-Print向きではないのかと思えてきた。この手のデジタル印刷機はオン・デマンドであることより、可変データ印刷にこそ価値があるのではないか。E-Printのようなデジタル印刷機であれば、データベースソフトで文章を出力すれば、名前の差し替えなどは全く手間がかからない。ひょっとするとその絵本も文章のところはE-Printを使っていたかも知れない。
今はハードウェアがあまりも高すぎて、E-Printではとても商売になるようなものではないが、もう少し安くなれば、パーソナライズした印刷物で活躍するということは十分考えられる。
絵本などは完全なパーソナル・ユースだし、SPツールとして使うことはできるだろうが、それ以外でも可変データ印刷は使えるはずである。
たとえば生命保険の提案書などである。一般に生命保険では契約者ごとに保険の内容が変わってくる。契約者の年齢や保険金額はまちまちだから、ひとりひとりに合わせて保険の見積が変わってくる。生命保険の外交員は手練手管を使って契約者の年齢や家族構成を聞き出し、頼みもしないのに見積書を持ってくる。この契約者の年齢や家族構成を聞き出すのが外交員の最初のハードルなのである。だから保険会社の使うSPツールには占いとかアンケートとか称して、契約者の年齢や家族構成をそれとなく聞き出すツールが揃っていたりする。
しかし契約者の年齢や家族構成を聞き出して、それを見積書にするときにはたいていワープロの出力をカラーで印刷した表紙に挟み込んで、提案するわけである。あるいはカラーの台紙にワープロで上書きして出力するのである。だから見積書が契約者の年齢や家族構成に応じてパーソナライズしてあるかというと、最低限のことしか書き込まれておらず。商品の特徴が十分に反映できるかという、必ずしもそうではない。
こういったものをE-Printを使ってパーソナル・データに応じて、提案内容を変えるようにすれば、商品を十分に訴求できる。契約者によって保険に求める価値観は違うはずだから、そういう契約者のスタンスにあわせて、訴求内容やレイアウトを変えることも、E-Printであればぞうさもない。
生命保険はその月々の保険の支払から考えると、たいへん高額な商品だから、こういったパーソナライズした高額な商品には、顧客に応じたきめの細かい提案が求められるようになるだろう。
ここで重要なことはE-Printというハードウェアではなく、パーソナライズした見積書を販売員に届けるまでの販売システムまでを提案し、請け負うということである。可変データ印刷という技術を販売促進という現場で、具体的に落とし込んで一つのシステムを作り上げることに他ならない。そしてこの落とし込み(ブレイクダウン)ができなければ、デジタルを生かすことはできないのである。 |
●システム化のノウハウをストックする
製造業の弱点はなにかというと、大量生産しないと成り立たないということである。もともと資本主義は、広くお金を集めて大量にものを作ることで、コストダウンを図り、生産性をアップすることから始まった。どのように工程の複雑なものであっても、たくさん作れば作るほど、一つあたりの単価は下がっていくからである。
ところが社会が豊かになるにつれ、人々は出来合いの量産品では納得しないようになり、ニーズが多様化してきた。メーカーは世の中のニーズをある程度調査して生産数量を決めることになるが、実際にどのくらい売れるかどうかは売ってみなければ分からないので、生産数量を決めるのはバクチみたいなものである。したがって量産しないといけない商品は実際には見込み生産を行っているのであり、売れれば利益はでるものの、売れなければ持って行き場のない産業廃棄物になる。たいていある程度で安売りをすることで採算分岐点を下げることができるとしても、少し見込みを間違うと大赤字になってしまう。
アパレルなどはたいていバーゲン価格になっても利益がでるように売り値が設定されているが、それでも数量が決まらないとコストも決まらないから、安いことをウリにしたいときはどうしても過剰に生産してしまうことになる。
ところが最近はストックを持たない生産システムが生まれ始めている。たとえばイトーヨーカ堂のニット製品などは先週の日曜日の売れ具合をみて、その週中に染色・縫製を行い、週末の土日には店頭に並ぶようになっている。こうするとどの色のいま好まれているのか、POSによってすぐに判断することができるので、翌週の売れ筋を見極めることができる。海外に発注すると確かに一枚あたりのコストは安くなるかもしれないが、それはあくまで見込どおりに売れたときの話であって、売れなかったときのリスクを考えると、決して安いとはいえないだろう。たとえ一枚あたりのコストが高くても、売れ残ることなく確実に販売できるのであれば、日本国内で製造したほうが確実に利益は生み出せるからである。
また、パーソナル・コンピュータでも量産によるスケールメリットを追及しても、必ずしもコストメリットがあるというわけではないということが証明されている。量産すると在庫スペースも必要だし、販売コストが高くつく。フロンティア神代(こうじろ)のようにDOS/Vマシンを一台一台注文書の仕様にしたがって受注生産しても、なおかつ同等のメーカー品よりも3割程度安く販売できるのであれば、大量生産のスケールメリットはすでに幻想であるということに気付かなければならない。
製造業にとって、見込み生産の在庫というのは、経営を圧迫するだけでなく、時代遅れになりつつある。これからはストックレスの流通が求められるはずである。
しかしストックが「悪」になるのはストックされることで、回転するべき資金が塩漬にされてしまうからであって、ストックそのものが問題なのではない。資金が素早く回収できるシステムがあればいいのであって、回収の見込みのないものを生産してはいけないという単純な原理原則があるだけのことである。
しかしものを作るためには材料があればいいのかというとそうではなく、仕入れた材料を製品化していく技術が必要になる。あるいはノウハウともいうが、そうした各社独自のスキルがあるわけであり、それらはストックされているわけである。イトーヨーカ堂ではPOSのデータから数日でニット製品を生産してしまうノウハウであり、フロンティア神代では少量の部品を買い付けるノウハウや単純化された生産システムである。
そうした目に見えないものは、いくらストックしていても全く問題にはならないどろこか、そうしたノウハウがなければ厳しい競争には立ち向かうことはできない。
だから完成したものをストックせず、完成させるためのノウハウをストックしていくことが求められる。今までと同じようなコストと納期を維持しなから、完成在庫を持たないシステムこそが新しい時代の製造業の在り方であろう。
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●デジタルストックとはなにか
商業印刷業は基本的には受注生産で成り立っている。リピートの確定的な受注に対しては、見込みで生産を行い利益を上げることはあるものの、一般には見込み在庫を持つことはない。
しかし受注生産システムが独自にノウハウ化されていることはほとんどない。どの印刷会社でも似たり寄ったりの受注生産システムを採用しており、それらはシステムと呼べるような完成度のあるものではない。受注したものを、そのまま生産工程に流していくだけである。
この方法の欠点は販売単価は受注数量によって左右されるということである。要するに大量に生産すれば単価が下がるが、少量の発注では単価は極めて高くなる。それをただ単にコストを顧客にそのまま転化しているだけなのである。
受注のプロセスにほとんど工夫がないので、どこの印刷会社で受注してもプロセスは同じで、販売価格も同じようなものになってしまう。したがって完成品には商品としての競争力はない。安い値段で受注するか、営業マンやその企業の今までの付き合いといったのリレーションで受注が決まってしまう。
しかしプリプレスがデジタル化されたことで、プリプレスに関してはシステム化してノウハウ化することが十分可能になった、デジタル化してノウハウ化したものは流用することが簡単で、その受注システムを商品化することは決して難しくない。
デジタルとはなにかと一言でいうと、コピー&ペーストが簡単にできることだといっても言い過ぎではない。こういうものは在庫スペースを必要することはなく、いつでも簡単に流用できるから、一度作ってしまえは、後はほとんどコストをかけないで再利用できる。
だから一度作ったデータをどのように再利用していくかということが、ノウハウになる。あるいはデータを再利用するマネージメントの方法である。過去に作成したデータをそのまま流用することもあるが、新たに作成されるデータであっても、定型化したものであれば、決められた手順で行えば、フィルム出力までを簡単に行えるようにすることである。
とくにデータの定型化は工夫次第だから、ノウハウ化しやすい。むしろ手順を決めてノウハウ化することでプリプレスにかかる人件費は大きく削減できるので、コストダウンはそれほど難しくない。入稿原稿を定型化できれば、後は決められた手順で作業するようにすれば、販売価格を引き下げても、帳尻はあうはずである。当然コストを最大限に引き下げるためには、営業マン不要の受注システムが必要だが、本当に安ければ、販売を代理しても、商品化は可能である。
こうした定型化した印刷物を受注し、作成するためのノウハウをデジタルによって、より多くストックしていくことが印刷会社にも必要であろう。それを私はデジタルストックと呼んでいるが、これからはノウハウを標準化してストックし、それを受注のするごとに即座に引きだせるようにしていかなくてはならないはずである。 |
●流通ルートの構築が不可欠
デジタルストックは商品である。商品化されたパッケージで販売しなければならない。ここでは営業的なネゴシエートなどというものを販売コストに含めてもいいかどうかを十分に考慮しなくてはいけない。少なくとも入稿から納品までが自動的に行われるようなシステムが必要である。
御存じのようにマッチなどは付け合わせて印刷されている。何種類ものマッチの受注をためて、まとめて印刷加工するのである。そうしないと、売れるような値段にならないのである。最低ロットは2500個程度なので、そのぐらいなら小さな飲食店でも発注できる金額になる。
こういう飲食関係で使う小口の印刷物、つまり箸袋とかコースターなどは規格商品化されており、一括して印刷加工するシステムが出来上がっている。加工業者は代理店を多く見つけ、後は注文が来るのを待っているだけでいい。規模の小さい企業や個人あいてなので決まった納期をあらかじめ伝えておくだけで、納期を急かされたり、価格を値切られたりすることはない。もし急がされたり、値切られたりするものがあってもそういう発注は受けなければいいのである。
こういうシステムは小さなものから始め、徐々に規模を大きくしていって生産面でのスケールメリットをうみ、価格的に競合できないようなシステムになっていった。一度大きくなってしまうと、他社が簡単に参入できないような販売単価で流通するので、マーケットが無くなるまで営業なしで商売を続けることができる。
デジタル化のメリットは、こうしたノウハウをそれほど大規模にしなくても行えることにある。付け合わせということでは、いまでもたくさんの印刷会社が印刷物を付け合わせるというコストメリットを行かした商品化を行っているが、こうした印刷会社での問題点は受注のシステムがノウハウ化されていないことにある。どのような販売方法を取れば定期的な受注が行えるのか検証を十分せず、生産方法のみをシステム化していることにある。受注方法のノウハウを築くのがもっとも見えない部分であり、ここを完成させないことにはデジタルストックにはなりえない。受注のノウハウは仮説を立て試行錯誤何度も何度も行い、市場にマッチした手法を探るようにして見つけていくしかない。
たとえば誰でも考えるカラーハガキの付け合わせ印刷でも、2万円ぐらいで販売されていることが多い。インターネットのホームページでもそういう企画をよく見かけるが、販売の手法にはあまり工夫が見られない。同業者相手に受注を集めようとしているのか、あるいは一般のコンシュマー相手に注文を取りたいのかすら明確でないようだ。私が簡単に試算しただけでも、菊半才のオフセット印刷機に16丁付け合わせて印刷すると、1万円の販売価格でも売ることはできる。入稿方法を標準化すれば、販売代理のマージンだってその中に含ませることは可能である。そうすると1万円程度販売するためにはどのくらい受注が必要で、そのためにはどのような販売方法を取ることがもっとも適切なのかを見いださなければならない。1万円でも売れるものなのかどうかの調査も必要だが、販売ルートはコンビニエンスストアやパソコンショップとタイアップする方が受注があるかも知れない。そういうことまで含めて構築しないと、デジタル化の価値は生かせない。 |
●PostScript出力の受注を競争する時代になる
デジタルで行うメリットは、社外にでていく経費をあまり使わなくてもある程度は可能であり、その分だけさまざまな可能性を試すことが可能になるということである。
上記のハガキでも一度試してみて、うまくいかなくても、販売ルートをいくつも開拓していけば、それほど時間をかけなくても軌道にはのるだろう。そのときには他社が追随してきても、差別化をさらに推し進めてリードを広げることができる。もしうまくいかなくてそれを止めたとしても社内の資源を使っているかぎりは、リスクは小さい。
いまプリプレスがデジタル化していることで、印刷というものが変わっているという認識は正しくはない。正確には今まであった版下・製版というものがなくなって、PostScript出力という今までにない新しい方法が台頭してきたのである。つまり変わっていっているのではなく、別のものに取って代わられたのである。
重要なことはPostScript出力という新しい技術を、売れるものとしてどのように加工するのかということである。
今のところ印刷業のなかではPostScriptを使って生産性を向上させ、コストを低減するということでしか、PostScriptは考えられていない。確かに手順さえ間違えなければ、工程は単純化できるのでコストは下がる。しかしプリプレスがPostScriptになったことで今までのやり方の延長でものを考えるのではなく、全く違ったアプローチが必要であろう。デジタル化されているがゆえに可能な切り口やマーケットの創造が必要になる。
PostScriptのリスクは人件費比率が減った代わりに、出力機は単機能しか持ち合わせていないため、他の仕事をさせることはできないことである。人間であれば、多くの仕事を兼任することもできるし、仕事を変えることをできるし、残業すれば作業時間も柔軟に対応できる。しかし出力機は待ったなしである。使わなくてもどんどん陳腐化していく。だから機械が止まると機会損失が多くなり、利益を圧迫する。
出力機を止めないようにするには、従来の顧客に頼った受注生産だけでは無理がある。受注生産では受註に波があり、閑忙の差が大きすぎる。だからこの「閑」を埋めるPostScript出力を作りだしていかなくてはならない。デジタルストックの意味はそこにもあるのである。
そのためには営業マンがデジタルをよく理解し、そのスキルを身に付けないことには新しい発想を生み出すことも、今までにない企画を生み出すこともありえないはずである。 デジタル化されたデータ、あるいはコンテンツといってもいいが、そういうものを具体的な印刷物に落とし込むためには、どういう方法があるのか、あるいはどの方法とどの方法を組み合わせるのかといったことを日々考えていくしかない。そのときデジタルを扱えない人間は全く戦力になりえない。
たとえば車社会になって、量販店などが郊外型の立地で成り立っているが、これを日頃車を運転せず、郊外型のショップを利用しないことには、なぜ人々がガソリンを消費してまで郊外型のショップに出向いてものを買うのか、理解できないではないか。いくら説明を聞いても、自分で体験するのとは全く理解のレベルが異なるのである。
だからデジタルのマーケットを理解するには、営業マンのデジタル化は不可欠である。営業マンが日々デジタルデータを扱い、顧客とのダイヤログのや日常の立ち振る舞いのなかで、デジタルを生かすテーマを見つけだして、「商品化」する能力を培っていなかければならない。その中からデジタルをマーケットのなかにブレイクダウンして「商品化」する斬新な企画や発想が生まれるのである。そしてそうした「商品化」で他社と差別化していくことこそが、デジタル化の本当の意味なのである。 |
このコンテンツは1997年4月3日〜4日に書かれたものです。 |
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