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13.発行は4月に延期された


 そうかそいつはこまったな、と思った。もう書き上げてしまったものをいらないといわれても、私も困ってしまう。
 しかし、寺田さんにしても私に依頼してきたとき、ある程度どういう本にするのかというイメージを持っているわけで、それが私の書きたいものと違っているとしても、至極自然なことだ。寺田さんにすると、デザイナーにしろ、編集者にしろ、オペレータにせよ出力を依頼する立場の人にとって、第3章のような話は直接関係ないと考えたのであろう。そう感じたとしても不思議はない。
 第3章は結局1月13日に書き上げた。13日に圧縮ファイルを作成しているので、できあがったのは13日と考えるのが妥当だろう。続く第4章は2月1日に圧縮ファイルを作成しており、その日にメールに添付して入稿した。
 いずれもテキストファイルのみであり、当初できればレイアウトしたものを送りたいと思っていたにも関わらず、思うように進まないので、取りあえずテキストファイルのみを書き上げて送るようにして、先を急いでいたのだった。
 だから、寺田さんに送った第3章は、図版などない文字だけの原稿であった。多分文字だけを読むと、内容が今ひとつ理解できないということはあっただろうし、DCSやOPIは第1章で一度説明したものをさらに詳細に記述してあるだけだ言えば、それはその通りであった。
 さらに困ったことに、あまり時間がなかった。そのときにはもう18時を回っており、今日は大阪に帰れるだろうかと一瞬不安が胸をよぎった。遅くても新大阪に22時30分くらいに着きたい。新幹線が多少遅れることもあり、そのぐらいの余裕をみておかないと、地下鉄の終電に間に合わないかも知れなかった。そうなると遅くても19時過ぎの新幹線に乗りたいが、そのためには翔泳社を18時30分くらいにでないといけないだろう。あと30分足らずの間で、その問題を解決できるだろうか。私はますます不安なった。
 しかしあの章は必要だった。どうしても必要だった。確かに出力とは直接関係のないテーマだったし、知らなくてすむのであれば、知らなくてもいいものではあった。しかし知っておけば、いざトラブルが起こったときには、必ず役に立つと考えていた。まして出力機の違いについては、記述されている書籍はほとんどなく、あるとしてもMdNやProffessional-DTP、DTPWorldなど専門誌のバックナンバーのみに散発的に書かれているだけであった。これからDTPをもっと理解しようと考えている人にとっては、雑誌の古いバックナンバーを当たるということはまずできない相談だから、何としてでも書いておきたかった。
「最初のころの寺田さんからのメールに、出力機を変えて出力すると同じパーセントのかけ合わせの色が違った色になってしまう、ということが書かれていましたよね。そういうこともあるのだということを、DTPユーザーに知っておいて欲しいと。
 なぜ出力機が違うと同じ網点でも出力結果が違ってしまうかというと、PostScriptで高品位の網点の生成するときに、この章にあるスーパーセルという技術を使っていて、それが出力機メーカーごとに違うために起こるわけです。
 確かに出力を依頼するだけであれば、スーパーセルなどという、まあいえば黒子のような技術のことを知らなくても、かまわないといえばかまわないでしょう。しかし、そういう技術で網点を作っているのだ、ということを知っていれば、再出力の際には同じ出力機を使わないといけないということが、ちゃんと理解できるじゃないですか。
 それにこの本の購読者層は、必ずしも、デザイナー、編集者、オペレータという括りだけでなく、DTPエキスパートを受験するように人たちも含まれると思うんです。年2回行なわれるDTPエキスパートの受験者数は1,000名を越えていますし、最近はあまり実務に携わっていない若い人たちが多いと聞きます。そう考えると、こういう理屈の説明はあったほうがいいんです」
 寺田さんは何も言わず、考え込んでいるようだった。さらに続けて私は言った。
「後半のTipsだけでもこの本を買う人は買うと思いますよ、たとえ第3章の理屈に興味がなくても。でも中には、こういう理屈を知りたいと思っている人だっていると思うんです。そういう人はこの第3章の説明だけでも、きっとこの本を買うでしょう。私は第3章にかかれているようなことを知りたいと思っている人は、けっこう沢山いると思いますよ、きっと。
 それに第3章を削ってしまうと、当初の目標の300ページには遠く及ばないし、今の計算では後半のTipsをそれに見合うだけに増やすことはちょっと難しいと思います」
 私としては、DTPのTipsを集めた実用書という感じにはあまりしたくなかった。もちろん実務はたいへん大事なことだが、それだけではなくDTPとはどのようなものでこれからどういう風になっていくのかということも書いておきたかった。
 寺田さんに理解を求めるように、私は寺田さんの方をみたが、寺田さんはううっと言った顔つきで宙を見つめていた。
「いまは図版などがないので、理解できない部分もあるかも知れません。でもレイアウトして図版を入れて読めば、もっとわかり安いものになると思いますよ。第3章をどうするのかということはそのとき判断してもいいじゃないですか」
 寺田さんはまあいいか、と思ったようで、軽く頷いたようだった。
 その後、出版の日程を3月末から4月にしたいという話になった。3月の末は消費税の切り替わりで、価格の設定がややこしく、駆け込みで3月の末に発行するものも増えるので、4月の方がいいということらしい。私にしても原稿が遅れているので、そのほうがありがたかった。これで2月中に書き上げればいいということになった。
 もう時計をみるとほとんど時間がなかった。もっといろいろ打ち合わせたいことがあったが、申し訳ないけど、といって翔泳社を後にしたのであった。



このコンテンツは1997年10月29日に書かれたものです。

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